東京暮らし

東京暮らしもかれこれ30年ぐらい。長い・・・

ロンドン・テロ続発中

先々週にベルギー・ロンドンから帰ってきた。

 

なぜ、国名と都市名なのかというと、ベルギーがメインでロンドンがおまけだったからだ。当然ながら自分なりのテロ危険評価をしてでかけたわけだが、一番危ないのはロンドンだと思っていた。ただ、それにしたって、こんな至近でテロが起きるとは思ってなかった。

 

自爆テロ真っ盛りなパキスタンイスラエルあたりも行ったことはあるので、それぐらいでびびったりはしないが、ロンドンとパリはここんところのもっともテロ危険度が高い都市だと思う。

 

テロリストも自分の命かけてテロをやる以上、やった際のインパクトの高い都市を選ぼうとするだろう。そういう意味で日本はかなり安全だと思う。ブリュッセルも何年か前にテロ事件があったし、テロリストの巣窟だとも言われているが、行ってみてつくづく思ったが、あの国は弱小国で人当たりがやわらかいし、国に殺伐感が無い。あれはテロを起こしたヤツのピントがずれてただけではないかと勝手に思う。

 

アメリカがしぶとくテロから逃げているのは努力のたまものだと思うが、危なさから言ったらやはりロンドン、パリ、NYが3トップ。比較的安全だと思うのはやはり仏教国でしょう。

 

しかし近頃は旅行しづらい時代だよね。

ディズニーストアに見る日本の凋落度

前回とおんなじようなタイトルで恐縮です。

 

アメリカーのディズニーストアでネット買い物しました。アカウント自体はアメリカに滞在していた3年ぐらい前に作ったもんですが、アカウントにいろんな情報を入れようとしてとあることに気づきました。

 

国籍の選択肢として、よくある国名10カ国ちょっとぐらいは最初のグループにあり、あとはひとくくり。NY暮らしの経験でなんとなくイヤな予感はしましたが、やはりそのとおり、日本は最初のグループに入ってませんでした。ちなみに韓国は入ってます。

 

NYにいた経験から、別に理不尽は感じません。韓国は国挙げて(政府が推奨してるわけではないと思いますが)アメリカに食い込もうとしているのに、日本はいつまで経っても個の世界。西海岸側は知りませんが、想像はつきます。

 

従軍慰安婦像がアメリカにできたとき、日本人は「韓国はまた汚い手を使ってアメリカ国民の目を盗んで像を建てた」と国やマスコミはそう誘導し、日本人もそう信じていたと思いますが、NYでもチャイナタウンに負けないぐらいの規模のコリアタウンを作り出し、規模でがっつりアメリカ社会に食い込もうとしていた韓国と国挙げてむしろ海外恐怖症のヒッキーと化している日本では勝負になりません。しかも韓国の人口は日本の1/3しか無いにも関わらず、です。

 

韓国は政治力・認知度を駆使して合法的に像を建て、政治力・認知力においてもはやジパングと化している日本人が騒いでも意識にもされません。日本において、中国の人がやってることにたとえばオマーンの人が抗議したとしてそれを日本人が意識するでしょうか。今、「アメリカにおいて日本がオマーンごときと同じ意識のはずあるはずがない」と思ったあなた、そうあなたこそが日本の地位を低下させていっているのです。もっともオマーンは天然資源豊かな中東の国でこれから下る日本とは全く違いますが。

 

NYにいたころ、メトロのポスターに基本英語に中国・ロシア・スペイン・韓国語の説明がついてましたが、日本語はついてませんでした。ディズニーストアがたまたま日本を落としたのではないのです。アメリカはもちろん世界中で日本パッシングは進んでいるのです。

カタール航空に見る日本の凋落度

最近カタール航空使ってベルギーとロンドンに行った。

 

日本が世界的にダメになってきていて、それから日本人が本能的に目を背けようとしていることは海外見てる人たちなら自明のことだと思うんだけど、カタール航空乗ってもそれは伺い知れる。

 

カタール航空といえば日本を撤退するとかで最近もめたと思うが、日本路線には思いが無いらしく、使う機体はかなり旧式。リクライニングが調子悪い座席多数。最近ヨーロッパへの乗り継ぎで使うので、最新型を使うヨーロッパ便との落差ははっきり。

 

日本便でも日本人乗務員は少ないし、画面の時差表示でも「北京」はあっても「東京」の表示は無い。もともと評価の高いカタール航空だが、日本食らしきものもかなり???。同盟国(らしい)米国でも日本の扱いはひどいもんになってきているが、別に米国だけでなく全世界的に日本は無視される存在になってきているらしい。

 

中国は№1になるべく戦っている。日本はカドをたてずに逃げてきた。その差が現在とこれからも続くであろうこの現実に現れる。一昔前の表現で恐縮だが使い勝手の良いアッシー君でしかないし、利用価値がなくなったら捨てられる、ということ。

 

それなのに海外見る日本人は減っているという。

 

落ちていく国ってのはこういうもんなんだな、と客観的に自嘲する。

旅のキヲク⑨ ボリビア すべてが白かった世界でーウユニ塩湖ー その1

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実は結婚前に最後に行った海外がここだった。

 

といっても、この旅行に行ってる時点ではまだ結婚は決まってなかったのだけど。

 

ウユニ塩湖....とっても標高が高い。

何しろ、ウユニ塩湖のあるあたりの標高は富士山頂とほぼ同じ。しかも、湖と聞けば想像つくかもしれないけど、ウユニ塩湖自体があのあたりで一番標高が低い。要するにその周りにあるものはすべて塩湖より標高が高いということになる。

そもそもボリビアの首都ラ・パスにしてからが富士山並み。おまけにこのラ・パスの玄関口であるエル・アルト空港は4000mを超えるところにある。「時差には強いが標高には弱い」を日ごろから公言してはばからない僕には地獄のようなところだったw

 

いや、実際イッテQのイモトはすごいと思った。さすが大陸最高峰をいくつも制覇するだけのことはある。僕と同じ環境下で走り回ってるんだから、ほとんど気が狂ってるようにしか思えんかった。

 

ま、イモトは良いとして、ウユニ塩湖までの道のりがまたキツかった。最近は空港が整備されてるようだけど、当時は延々バス移動だった。これがすごい悪路を10時間ぐらいかかる。さすがに南米でも名うての貧乏国ボリビアゲバラさんも泣いていることだろう。

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ウユニ塩湖のベストシーズンといえば2月の雨季の頃。ユニクロのCMでも使われてたっけ?あの有名な鏡張り(水面に空が映り込んで、空に浮かんでるような写真が撮れるやつ)が撮れるのがもともと極端に雨量が少ないこのあたりで雨が降った日のすぐあとぐらい。それ以外の方は白一面の世界を見ることになる。こちらこれでもいちおうまっとうなサラリーマンなので、2月の旅行ははなっから無理。5月のGWを利用して行きましたけど、一部に水たまりぐらいはあったけど、基本鏡張りはまったくムリ。

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まぁ実際のところ、ウユニ塩湖についたときはすでに高山病でかなりへろへろでした。ウユニ塩湖の全体の行程はコルケツアーっていう地元じゃ有名なツアー会社に申し込んだんだけど、けっこう貧乏くさくって、宿も塩湖から離れたところだったし、もっとちゃんと調べればよかったと後悔した。ほんで人間素晴らしい光景も体調が良くてナンボだなぁとつくづく感じた。キレイごと抜きで、これまでそれなりに世界のすごいもん見てきたし、体調の悪さもあいまって、目の前の一面の白世界も「ふーん」ぐらいの感じ。

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この後、チリ側に抜けていくルートを選択したんだけども、そっちについてはまた今度。

 

旅のキヲク⑧ イエメン 愛すべき人たち その1

世界の国を評価するにも、いろんなポイントがある。
自然とか街とか歴史的建造物とか

そんななかで、「人」ならこの国かなぁ・・・

と思った国に避難勧告が出ている。

イエメンである。

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◎スーラの街のあたりで

 

自分の旅行経験のなかでは、資源の出ないイスラム国の人々は素晴らしいと思えてきた。
そういえばニューヨークの語学学校に来ていたサウジ出身のガキは
見るからにエラそうで、「こいつほんまもんのクソやな」と思ったものだ。
だが、資源も無くて、そこまで観光客ずれしていない(まぁ、観光客ずれしている
輩もたくさんいたが)この国の人たちはとってもフレンドリーで、道に迷ってる風だと
いかついにーちゃんがヘルプしてくれたもんだ。
イスラム教はスタンスが悪くでると、集団たかりみたいなことになるが、基本みんな助け合いスピリットがよく出ている。

 

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◎ワディ・ドゥアンの集落 

 

イエメンはもともと北イエメン南イエメンに分かれていた。民主主義と社会主義ではなくて、北の宗教国家と南の社会主義だ。そして、南が他の国々と同様つぶれ、北に吸収された。そもそもイスラム教はマホメットが生まれて死んだ宗主国サウジアラビアからの距離によって強さが変わる。比較的理解しやすいのは女性の服装で、厳しいほど女性の露出が少なくなる。一番厳しいのはブルカという眼だけ出してあとは(黒い)布で全身を覆ってしまうもの。サウジ界隈はたいていこれだ。例えばトルコはかつてイスラム宗主国だったが、もともとがアラブ人ではないので、女性はスカーフで頭を巻くだけ。イエメンはサウジの隣国だから、宗教意識はとても強い。

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 ◎タリームの街を歩いていた女性たち

 

さて、イエメンは大きく2つのパートに分けられる。首都サナアを含む高原エリアと東側の灼熱エリア。高原エリアは高地にある分、全然過ごしやすい。もともとイエメンは遥か昔はシバの女王で有名なシバ王国があったところ。また、昔から交易が盛んで、有名なのはモカ・コーヒー。モカというのはコーヒーの品種ではなくて、イエメンにある街の名前。イエメンに限らず対岸のエチオピアあたりも含めて大々的に生産されていたコーヒーの大きな積出港だったため、この街の名前を取ってモカ・コーヒーと命名されたもの。残念ながらイエメンはあまり油が出なかったので近年はしょぼい国になってしまっているが、歴史も伝統もある国で、歴史的な世界遺産もいくつかある。

 

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 ◎シャハラの石橋、コインの絵に使われるほどイエメンじゃ有名

 

サナア旧市街、現在内戦により危機遺産に登録されている。この美しい街が少しでも無事に残ることを祈りつつ、次回・・・・

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シバームの旧市街でサッカーやってた子。今も無事でいますように

旅のキヲク⑦ オーストリア 世界で一番好きな絵があるところ その1

ヨーロッパ人は?でもヨーロッパは好きだw

 

さて、今日はオーストリアのウィーン。

芸術、建物系ではここに勝る場所は無い。

結婚式を挙げたギリシャは別格として、次にどこを挙げるか迷った末この国にする。

今現在世界でもっとも好きな絵が存在する場所だ。

 

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◎もう10年ちょっと前のウィーン市街

 

好きな絵ってのもこれまでけっこう変わってきた。自分の本格的に絵画が好きになるきっかけを与えてくれたのは、今でも覚えている、白馬のシャガール美術館と白樺湖のところにあるマリー・ローランサン美術館だ。そこから、定番のモネに行き、印象派をうろちょろして、そこからフォービズムや野獣派に手を延ばし・・・なんてやってるうちに、興味の無かったもっと古いものにも興味が出てきた。今、一番しっくりくるのはフランドル絵画やバロック絵画・・・・

 

そう、オーストリアといってもシーレやクリムトではない。二人ともそれはそれですごいのだけど、僕的には美術史美術館にハプスブルグの権力に明かして壮大なコレクションをお持ちの、元祖ピーテル・ブリューゲル、なかでもベタで申し訳ないけど「バベルの塔」が一番好きな絵画だ。

 

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◎ま、これがそうなんですけど、もちろん写真じゃわからないので、本物見てくださいね。

 

フェルメールレンブラントも好きなのだけど(ルーベンスはキライ)一番というとこの人に勝るもんはない。この人の場合、細部まで徹底的に細かい作品「ネーデルラントの諺」や「子供の遊戯」なんかも有名かもしれないけど、もちろんそれだけじゃない。t特にこの「バベルの塔」はすごい。実は彼は「バベルの塔」という作品をもう一枚描いていてロッテルダムにあるのだが、こっちのがすごかった。

 

おっと絵画だけで突っ走ってしまった。

ウィーンは治安で言えばかなり良くて、たぶん今でもほとんど危険を感じずに旅できる場所だろう。そして、さすがにハプスブルグ帝国の心臓部だけあって、絵画だけではない。いうまでもなく3大オペラ座の一つはここにあるし、ウィーン・フィルの本拠地もここ。さすがにベルサイユほどきらっきらでは無いにせよ、かなり豪華なシェーンブルン宮殿もある。それに、さすがに日本人がウィーン好きなだけあって、ウィーンの人もわりかし日本に好意的だ。

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◎初めて見たときはあまりの色のセンスの悪さ?にびっくりしたもんだ。ウィーン・フィルの本拠地「楽友協会」

 

まぁ残念なところといえば、冷戦中に西側とも仲良かったせいで、古い建物が建て替えられており、京都のように近代的な建物のなかに歴史的建造物がある、という感じになってしまっていることかな(プラハと比べて、ということだけども)。おっと街のことについては、また後日語りましょう。

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◎街のランドマーク、シュテファン教会

旅のキヲク⑥ イスラエル 神々の集まりすぎた場所で その1

おおよそ1キロメートル四方のなかに3つの有名宗教の聖地がある場所。

 

それが今日紹介するイスラエルにあるエルサレムだ。

 

世界には絶対行っとくべきところがある。

まぁ人によってその場所はばらばらだろうけど、僕ならその一つにこの街を推す。

ちなみに3つの宗教とは、ユダヤ教イスラム教、キリスト教だ。

このうちユダヤ教イスラム教の聖地は同じ場所にある。ユダヤ教イスラム教の長きにわたる争いの原因になっている場所だ。なぜこういうことになっているかというと、もともとユダヤ神殿のあった場所にイスラム教のモスク(岩のドーム)を建ててしまったから。

しかも悪いことに、この場所はイスラム教第3の聖地である。ちなみに第1と第2はそれぞれマホメットが生まれたメッカと死んだメディナで双方サウジアラビアにある。なぜ第3の聖地がエルサエムかというと、なんでも昔、とある偉い方の夢で、既に故人であったマホメットがメッカから遠く離れた場所に降り立ったそうだ。その遠方はどこかと調べさせて、この辺がよかろうということなったのが、エルサレム。まぁキリスト教イスラム教も根っこは同じ宗教なので(イスラム教でもイエス・キリストは預言者の一人だ)、こういうこともありうるのだろうけど、ダマスカスあたりにしときゃ後世ここまでもめることは無かっただろうにと悔やまれる。

 

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 ◎これが岩のドームと呼ばれる、旧ユダヤ宮殿の上に立つイスラム・モスク

 

ちなみにユダヤ人がここを故郷だと言ってるのは、オスマントルコみたくここから世界に覇をとなえたわけではないけど、例のモーゼの話でユダヤ人がエジプトから脱出した後、紀元前1000年ぐらいにダビデ王、ソロモン王あたりが王国運営して、羽振り良くて、ほどなくどこだったかの属国となったものの、代々この地に住んでいたから。

 

ま、そんな過去のしがらみもなんのその、ユダヤヘブライ)王国の再生を夢見るユダヤ人と侵入されたパレスチナ人およびそれをバックアップするイスラム国家達のあいだで、常に一色触発の危機にあるエリアなのだ。

 

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◎アラブ系の住民がいるエリアは活気にあふれている。

 

ちなみに有名な話であるが、今日のこのエリアの緊張の種をまいたのはイギリスである。要するに第二次大戦までに、ユダヤ人にもパレスチナ人にもこの地に国家を立てイギリスがバックアップすることを約束したのである。世界中にいろんな火種を撒き散らしながら、平和だのなんだのと力説するヨーロッパ人のタチの悪さがここでも出ている。

 

それはさておき、イスラエルと中東の国々とは今でも大変仲が悪いので、イスラエルの入国スタンプがあるといくつかの中東の国々に入れてもらえなかったりする。僕もパスポート期限の終わりごろに行ったので、今のパスポートに入国記録はない。

 

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◎なんでキリスト教の聖地かといえば、言うまでもない、イエス・キリストはこの地で十字架刑に処せられたから。上の写真は磔になったイエスキリストが降ろされた場所らしい。

 

僕が行ったのは自爆テロが大ブームだったころから少し落ち着いた時期で、相当に注意しとかないといけないと思ったら、意外にあっさり行って帰ってこれた。まぁパレスチナ人への締め付けはいっそう強くなっているようだったけど。欧米と中東は現在関係が悪いが、意外に今のイスラエル行くのは大丈夫かもな?と思ったりする(もちろん行かれて何か起こったからといって当方責任はとれません)

 

実を言うと、今までいろんな国を旅してきたけどこの旅だけは完全ツアーを利用した。オジサン的にはちょっとびびってた。まぁその分いろんな説明を聞けて良かったかもしれないけど。

 

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 ◎ご存知「嘆きの壁」、嘆きの壁とはイエス・キリストとも関わるヘロデ大王の築いた神殿の西側外壁部分のことで、ユダヤ人がここで神殿の破壊を嘆き悲しむ。